スープの冷めない距離

行田さんは25歳になった頃、久しぶりに自分の実家に帰る。すると母親から、「将来のことを2人で考えているの?」と言われる。彼と暮らすマンションに帰った行田さんが彼にそのことを話すと、「じゃあ籍入れたら良いやん」と彼。

休日、彼は行田さんの実家に改めて挨拶に向かった。行田さんの両親は和やかな雰囲気で祝福してくれた。

その後の週末は、彼の実家へ。彼の母親は、「俺ら籍入れる事にしたから」と言われると、「え? そうなの?」と一瞬面食らったかのような反応の後、取り繕うように喜んでみせた。

行田さん26歳、彼28歳で入籍。以降、義母は頻繁に連絡してくるようになった。2人が暮らすマンションの契約更新が迫っていることを知った義母はこう言った。

「私たちが暮らす賃貸マンションは、親子で契約したら、子世帯は家賃が半額になるのよ」

彼は「半額ならいいな」と乗り気。しかし行田さんは、義実家との距離が数分程度になることに嫌な予感がした。だがそれを彼には言えず、2人で内覧へ行くことに。

実際の間取りを見た夫は気に入った様子。しかし契約書に書かれた金額を見ると、明らかに半額ではない。行田さんが担当者にたずねると、「半額になるという制度はない」と言う。

2人は「半額じゃないなら断る」ということが恥ずかしく、結局契約してしまった。

その後、義母は、「私は半額になるなんて言ってない」と言い張り、帰宅後、変に思った行田さんが「絶対に言ったよね!」と憤ると、彼は「母さん、天然だからなあ」と笑った。

日本語が通じない

入籍を機に行田さんは、かねてから興味のあった金融系の会社へ転職。ある日、彼に保険に入っているか確認したところ、彼は保険が何かもわからない様子。しかたなく行田さんは義母に電話する。

「本人に聞いても分からないって言うんですが、○○くんは国保に入っていますか? 義兄さんの扶養に入っているのでしょうか?」

彼の父親は彼が中学生の頃に行方をくらまし、以降はすでに成人していた義兄が家計を支えてきたと聞いていた。すると義母はこう言った。

「あのねぇ、優芽子ちゃん、あの子は母子家庭育ちなの! 年金も払わなくても貰えるの! あの子は神様に守られてるの! 病気もケガもしないから国保なんて入らなくて良いの!」

一気にまくしたてると、義母は電話を切った。

「神様に守られてるから年金や国保に入らない……? 目の前が真っ暗になりました。日本語が通じないのです。もう怖くてたまりませんでした」

埒が明かないので、彼より6歳上で、東京で働く義兄に電話してみる。

「○○くんの公的医療保険に扶養として入りたいのですが、○○くんが今どこの保険に入ってるか分からなくて……。お義兄さんの扶養ですか?」

すると義兄はこう言った。

「扶養はあいつが20歳になった時に外したぞ。そこからはあいつが自分で社保に入っていない限り、どこにも入っていないんと違うか? でもな優芽子ちゃん、あいつは神様に守られてるから入らなくても良いよ」

「こいつも話が通じない……」そう思った行田さんは、結局、市役所や年金保険事務所に自分で足を運び、2年分の保険料を納め、健康保険証を入手。国民年金に関しては、未納分を一気に払うことが不可能だったため、分割払いにすることに。行田さんは結婚資金を使い果たしてしまった。

日本の年金手帳と電卓
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